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【わくわくキャリコン図鑑】第八回 武田さん

武田さん

第八回目のわくわくキャリコン図鑑は武田(たけだ)さんです。
武田さんのキャリア支援のテーマは“不安のない社会作り”。企業向けの採用支援、新規事業の立ち上げや学生面談などマルチに活躍されています。

“寄り道”の先に見つけた武田さんのキャリア支援とはどのようなものなのでしょう?キャリア支援に至るまでの道のりについて取材しました。

病気の中で気づいた社会への想い

大学卒業後は上場企業の書店に入社。しかし、会社の事業が厳しくなったことで、4年足らずで退職することになりました。

退職をきっかけに、少し自分の時間を作りたいと中国への語学留学を決意しますが、これがその先の人生観を大きく変えることになったのです。実は留学のビザ取得前に受けた健康診断で、膠原病が見つかりました。膠原病は自己免疫疾患のひとつで、進行すると日常生活にも不自由が生じ、難病指定の疾患もあります。この時、医師からは「いつ症状が出るかわからない」と言われました。

不安を抱えながらも、留学では中国の人たちからたくさんの刺激を受け、無事に終えることができました。帰国した私は出版社で働き始めますが、膠原病のことが頭をよぎる度に「自分の健康がずっと保証されているとは限らない」と不安を感じるようになったのです。自分はいつ発症するのだろうという想いと同時に、健康の不安は誰にでも起きることだと考えるようにもなりました。病気をきっかけに、“不安のない、安心して生きていける社会作り”への想いが芽生えてきたのです。

障がい者のための雇用支援を11年

そうした自分の想いが明確になると、より個人にフォーカスできる人材業界に興味が湧いてきました。そこで選択した新しい仕事が、“障がい者雇用支援”です。「自分と同じように病気で将来に不安を抱えている人はたくさんいるはず。だったら、今よりもっと良い社会を自分で作っていきたい!」と、障がい者の就職支援をするベンチャー企業に転職しました。そこでは11年、法人営業や研修の講師、カウンセラーとして働きながらさまざまな経験をしました。

特に記憶に残っているのは、「障がい者は〇〇ができない」という世間の思い込みが、面接や実際の業務で払拭された瞬間です。
ある四肢麻痺を持ったAさんが、書類選考で英語力を評価されて面接に進んだ時のことです。企業の担当者さまは、麻痺の影響で封書の開閉やインカムをつけての入力業務は難しいのではないか、と仰っていました。しかし面接の際、Aさんは顎を使ったり、ご自身が作ったサポート器具を付けたりして、全ての業務を遂行することができたのです。担当者さまは「障がいは私たちの思い込みなのですね」と言われ、めでたく採用となりました。
入社後は、誰よりも早く出社して時間のかかる作業を済ませるなど、真摯に努力するAさんの姿が同僚の意識を変え、「できないと言うのはやめよう!どうやったらできるのかを考えよう!」というカルチャーが生まれたそうです。その話を聞き、良き認知を広げていくことに、非常にやりがいを感じました。

病気や怪我で障がいを負った人たちの人生の転換点で、その人に合った仕事を見つけ、新しい人生を歩み出すお手伝いができる仕事に、私は大きなやりがいを感じていました。
この障がい者雇用支援の経験は、私のキャリア支援の土台になっていると思っています。

「頑張りすぎず、6割オーライ!」で見つけた独立の道

仕事も順調で、「さぁ、これから!」という頃、出産と介護の二大イベントがやってきました。
職場では管理職をしながら、2人の子育てと介護。その時の私は、全部をバッチリやろうとして睡眠時間が1日2時間になることもありました。これではダメだと気づき考え出したのが、“6割オーライ”という考え方です。「子育て、介護、仕事、全部8割やろうとすると、8×3で24割になっちゃう。人間は10割が限界なのに、こんなの無理ですよね(笑)」 。

優先順位を整理していくと、子育ては減らせない、介護はケアマネさんに手伝ってもらえる…じゃあ、調整できるのは仕事かな?という結論に至り、会社を退職して独立することを決意しました。フリーランスになり最初は大変でしたが、現在も子育てと親の介護をしながら、6割オーライの考え方で無理のない活動をしています。

障がい者支援から地域支援へ

独立してからは、キャリアコンサルタントとして幅広い層の方々への支援活動を始めました。

キャリアラボでは大学でのキャリア面談や就活のマナー対策、進路講演などで関わらせていただいており、他には中小企業の採用活動支援、入社後やマネジメント層向けの面談など、企業向けの支援も行っています。

また、新たに地域の高齢者支援にも挑戦するようになりました。どうしても家に閉じこもりがちになるお年寄りに対して何かできないかと考え、手始めに自宅でハロウィンパーティーや夏祭りを企画してみました。すると参加者のお年寄りから「スマホの使い方を教えてほしい」「いい病院を紹介してほしい」「買い物に行くのが大変」等のさまざまな声を聴くことができました。何気ない普段の会話の中で、高齢化社会が抱える課題がたくさん見えてきたのです。今後は地域支援に根ざした高齢者のキャリア支援にも関わっていけるよう、社会福祉士の資格も取ろうと思います。病気を抱えても年をとっても“不安のない、安心して生きていける社会作り”にもっと力を入れていきたいです。

寄り道が自分の宝物になる

人生って、思い通りにいかない“まさか”の連続だと思います。事業の先行きや、病気、子育てと介護。どれも新卒の時には考えもしなかったことばかりでした。一時期はそれを自分のキャリアに対する寄り道と感じていましたが、今は逆だと思っています。その時は遠回りに見えても、全てが自分の糧になり、経験は宝となりました。面白いことに、どんな状況でも前を向いて進んでいけば、力を貸してくれる人たちが周りに増えてきます。独立して感じたのは、結局どんな仕事をするとしても、人とのつながりが大切だということでした。

カタチは違っても、自分のキャリアが思わぬアクシデントで途切れたと焦っている人もいると思います。でも大丈夫。そのアクシデントはいずれ人生の宝物になります。たくさんの経験と支えてくれる人たちを大切にしながら、不安のない社会作りとキャリア支援に取り組んでいきたいです。

  • 投稿者松田 博文
  • カテゴリーわくわくキャリコン図鑑

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